『月』-Moon- <その2>
「女は月に操られてるの~」
小百合ママの鼻に掛かった甘い声が、中年男に降り注いだ。
布施は、身震いした。
「どっ、どうして・・・」
「女はね、『月』と一緒に生きるのよ。知ってる?」
「女の喜び、悲しみ、そして苦しみは『月』が操ってると言ってもいいくらい・・・なの。」
声とともに、小首を傾げてそっと近づいてくる小百合ママの顔が、まともに見れない。

視線を合わせれない。
ビールの入ったフルートグラスのくびれに目を落とすのがやっと。
40代後半の中年男の鼓動が聞こえてくるようだった。
「ドゥクン!ドクン!」・・・“普段の俺はどこっ?”
傍らで、にや・にやしていた常連の長髄(ながすね)さんが助けてくれた。
「マ~マ。布施さん不整脈になりそうだよ。」
「あ~ら、『月』のお話よねぇ~」
「なんで、女の喜びが『月』に操られるわけ?」
「あら、先生。知らないの?」
「女の喜びはねぇ、いろいろあるけど、やはり子供を授かることよ。」
「好きな人の愛が、自分の身体の中で生命という結晶になるの。」
「喜びで満たされて、種が保存されていくのよ。愛する人の・・・」と言いかけて、キッと布施を振り返った。
『ズキューン』と頭の中で音がした。・・・椅子から落ちると布施は思った。
必死でカウンターに掴まっている布施さんを流し見て、長髄(ながすね)先生に向き直ったママは
「先生、満月の日に出産が多いって知ってる。」・・唐突に放った。
「初耳!」
キラッと瞳が輝いて、小百合ママの花唇(かしん)から零(こぼ)れだす物語が始まった。
*** 『月』 -Moon- ***のつづき
「満月の日に出産が多いってホントなのよ。」
お医者さんから聞いたんだから、人の身体に起きることと月の満ち欠けとの間には、ただの偶然とは思えないような重なりが多く存在してんのよ。
その中でも特に、女性の身体と月の満ち欠けには密接な関係があるんですって。
満月の日に事故や事件が多くなる。
出産が増える。
頭痛を感じる人がいる。・・・ってデータがあるんだって。
色んな説があってねぇ~。
地球上に存在する水の割合は70%で、その水が月の引力によって引っ張られることから潮の満ち引きが起きるって知ってるでしょ?
人の身体も約70%が水で構成されてるじゃない?
つまり、月の引力によって人の身体にある水分(血液や体液)が引っ張られるために「人の身体と月の満ち欠けには関係性がある」という話なのね。
特に女性の身体との関係性は、深いのよぉ~。
ねぇ~、科学者風に言うから、先生、やらしい目で見ないでよぉ~。
“そんなに俺の視線はいやらしいのか~” 長髄(ながすね)先生は心の中で叫んでみた。
女性には毎月生理が訪れますよね?
生理は昔から「月経」や「月のもの」と呼ばれてるでしょ。月との関係が深いのよ。
女性と月の満ち欠けにある関連性の証拠よ。
月の満ち欠けする(一周回る)期間は約29.5日って、知ってるでしょ。
…それに対して、女性に訪れる生理の周期は約28日
新月から満月になるまで、または満月から新月になるまでが14日間
…対して排卵日を計算する式は「生理開始日+14日」
満月の時期と排卵日が重なった場合の妊娠確率は約80%って言われてるのよ。
偶然にしては出来過ぎでしょ?
「なぁ~るほど」・・・長髄(ながすね)先生の相槌に、感心しきりの布施さんも縦に首を振っている。
「人間だけじゃないのよ!」
「例えば、ウミガメね!」
ウミガメの産卵も満月の日なのよ。知ってた?
月の満ち欠けが、地球上の生き物(特に女性)の身体に影響している可能性を否定できる学者は居ないのよ。ねっ、せ・ん・せ・い。
「オッ、オレ~?? 分野が違うよ。」・・・しどろもどろの長髄(ながすね)先生がうらやましい布施さんがいた。
「私、習ったもの。」
生理周期と月の満ち欠けの関係性を。
「新月生理」と「満月生理」って言ってね。女性の生理周期と月の満ち欠けが重なるとき・・・。
実は「満月か新月の日と生理が重なっている」ことが多いの。
ぴったり重なっていなくても、満月や新月に近いことがほとんどなのよ。
お医者さんによっては、生理の症状で「量が多いとか少ない」などの違いは、月齢に関係している可能性もあるんだって。
『満月生理』ねぇ~・・・“聞いたことねぇや”布施さんが心の中でつぶやく。
満月の日、もしくは満月に近い日に生理が来ることを「満月生理」と言うの。
満月生理には、次のような特徴があるんだって。
出血量が多くなる「今回の生理は出血が多いな」と感じるときは、満月が近いことが多いって。
満月の時期には生理の経血だけでなく、人の身体の「血管が膨張したり血の気が多くなる」ことがあるせいで、きっとね満月の時期に月の引力が最も強くなるため、身体の中にある水分が外へと引っ張られるからじゃない?
それでね、この時の出血量が多くなり、骨盤も開いてしっかりと経血を出しきることができるって言うのよ。
生理中にお腹がすくことってあるのね。特に引力の強い満月の日にはそれが顕著に出るみたい。
身体から出ていく分も多ければ吸収する分も必要になるため、空腹を感じやすくなるんだって。
「わかるでしょ?」
「分かる訳ないだろ~。お・と・こ・なんだし」・・・長髄(ながすね)先生は呆れ顔でこぼした。
「僕、わかります!」布施さんの毅然とした声に、ママが振り向いた。
再び『ズキューン』・・・椅子から落ちないように、しっかり身体を支えて、ママを見つめて布施さんが言った。
「狼男ですよねぇ~。満月に変身して・・・」
「わかりますよ。女性じゃなくたって、満月には何かが起こるんだ。」・・・ママの眼を見ながら言い切った。
「そっ、そうよ。満月には血が騒ぐのよ!」・・・小百合ママのシュプレヒコールに、突然、後ろから拍手が聞こえた。
「ママの血が騒ぐって、チョットやばいんじゃない?」
振り返ると、入り口の扉の前に玉木 宏(たまき ひろし)似のイケメンが、手を叩いていた。
「いらっしゃあ~い。」嬉しそうに手招きする小百合ママの肘から二の腕が、布施さんの顔の前で、白く透き通った羽衣の様にゆれている。・・・いい匂いがした。
「お久しぶりねぇ~」
イゴッティ・ニナスと呼ばれている男だった。
長髄(ながすね)先生と布施さんの間に座ったニナスに、ママがお絞りを渡す。
「ミャンマーに行ってたんだ。」そっけなくニナスが応える。
「ミャンマーって、あのビルマかい?」長髄(ながすね)先生が横槍をいれる。
常連のニナスは、仕事で南アジアのミャンマーにしばらく行ってたらしい。アウンサン・スーチーさんや、あの「ビルマの縦琴」で有名なミャンマーだ。
“何の仕事をしてるんだろう?”・・・布施さんは、強力なライバルが出現した状況を冷静に分析しようと必死だった。
「ところで、満月の狼男にママの血が騒ぐって話は、どうなってんの?」
「狼男に私が・・・」お通しを盛り付けながら、振り返ったママの顔が・・・
またまた布施さんが椅子から落ちそうになって*** 『月』-Moon-<その3> ***に続く
小百合ママの鼻に掛かった甘い声が、中年男に降り注いだ。
布施は、身震いした。
「どっ、どうして・・・」
「女はね、『月』と一緒に生きるのよ。知ってる?」
「女の喜び、悲しみ、そして苦しみは『月』が操ってると言ってもいいくらい・・・なの。」
声とともに、小首を傾げてそっと近づいてくる小百合ママの顔が、まともに見れない。

視線を合わせれない。
ビールの入ったフルートグラスのくびれに目を落とすのがやっと。
40代後半の中年男の鼓動が聞こえてくるようだった。
「ドゥクン!ドクン!」・・・“普段の俺はどこっ?”
傍らで、にや・にやしていた常連の長髄(ながすね)さんが助けてくれた。
「マ~マ。布施さん不整脈になりそうだよ。」
「あ~ら、『月』のお話よねぇ~」
「なんで、女の喜びが『月』に操られるわけ?」
「あら、先生。知らないの?」
「女の喜びはねぇ、いろいろあるけど、やはり子供を授かることよ。」
「好きな人の愛が、自分の身体の中で生命という結晶になるの。」
「喜びで満たされて、種が保存されていくのよ。愛する人の・・・」と言いかけて、キッと布施を振り返った。
『ズキューン』と頭の中で音がした。・・・椅子から落ちると布施は思った。
必死でカウンターに掴まっている布施さんを流し見て、長髄(ながすね)先生に向き直ったママは
「先生、満月の日に出産が多いって知ってる。」・・唐突に放った。
「初耳!」
キラッと瞳が輝いて、小百合ママの花唇(かしん)から零(こぼ)れだす物語が始まった。
*** 『月』 -Moon- ***のつづき
「満月の日に出産が多いってホントなのよ。」
お医者さんから聞いたんだから、人の身体に起きることと月の満ち欠けとの間には、ただの偶然とは思えないような重なりが多く存在してんのよ。

その中でも特に、女性の身体と月の満ち欠けには密接な関係があるんですって。
満月の日に事故や事件が多くなる。
出産が増える。
頭痛を感じる人がいる。・・・ってデータがあるんだって。
色んな説があってねぇ~。
地球上に存在する水の割合は70%で、その水が月の引力によって引っ張られることから潮の満ち引きが起きるって知ってるでしょ?
人の身体も約70%が水で構成されてるじゃない?
つまり、月の引力によって人の身体にある水分(血液や体液)が引っ張られるために「人の身体と月の満ち欠けには関係性がある」という話なのね。
特に女性の身体との関係性は、深いのよぉ~。
ねぇ~、科学者風に言うから、先生、やらしい目で見ないでよぉ~。
“そんなに俺の視線はいやらしいのか~” 長髄(ながすね)先生は心の中で叫んでみた。
女性には毎月生理が訪れますよね?
生理は昔から「月経」や「月のもの」と呼ばれてるでしょ。月との関係が深いのよ。
女性と月の満ち欠けにある関連性の証拠よ。
月の満ち欠けする(一周回る)期間は約29.5日って、知ってるでしょ。
…それに対して、女性に訪れる生理の周期は約28日
新月から満月になるまで、または満月から新月になるまでが14日間
…対して排卵日を計算する式は「生理開始日+14日」
満月の時期と排卵日が重なった場合の妊娠確率は約80%って言われてるのよ。
偶然にしては出来過ぎでしょ?
「なぁ~るほど」・・・長髄(ながすね)先生の相槌に、感心しきりの布施さんも縦に首を振っている。
「人間だけじゃないのよ!」
「例えば、ウミガメね!」
ウミガメの産卵も満月の日なのよ。知ってた?
月の満ち欠けが、地球上の生き物(特に女性)の身体に影響している可能性を否定できる学者は居ないのよ。ねっ、せ・ん・せ・い。
「オッ、オレ~?? 分野が違うよ。」・・・しどろもどろの長髄(ながすね)先生がうらやましい布施さんがいた。
「私、習ったもの。」
生理周期と月の満ち欠けの関係性を。
「新月生理」と「満月生理」って言ってね。女性の生理周期と月の満ち欠けが重なるとき・・・。
実は「満月か新月の日と生理が重なっている」ことが多いの。
ぴったり重なっていなくても、満月や新月に近いことがほとんどなのよ。
お医者さんによっては、生理の症状で「量が多いとか少ない」などの違いは、月齢に関係している可能性もあるんだって。
『満月生理』ねぇ~・・・“聞いたことねぇや”布施さんが心の中でつぶやく。
満月の日、もしくは満月に近い日に生理が来ることを「満月生理」と言うの。
満月生理には、次のような特徴があるんだって。
出血量が多くなる「今回の生理は出血が多いな」と感じるときは、満月が近いことが多いって。
満月の時期には生理の経血だけでなく、人の身体の「血管が膨張したり血の気が多くなる」ことがあるせいで、きっとね満月の時期に月の引力が最も強くなるため、身体の中にある水分が外へと引っ張られるからじゃない?
それでね、この時の出血量が多くなり、骨盤も開いてしっかりと経血を出しきることができるって言うのよ。
生理中にお腹がすくことってあるのね。特に引力の強い満月の日にはそれが顕著に出るみたい。
身体から出ていく分も多ければ吸収する分も必要になるため、空腹を感じやすくなるんだって。
「わかるでしょ?」
「分かる訳ないだろ~。お・と・こ・なんだし」・・・長髄(ながすね)先生は呆れ顔でこぼした。
「僕、わかります!」布施さんの毅然とした声に、ママが振り向いた。
再び『ズキューン』・・・椅子から落ちないように、しっかり身体を支えて、ママを見つめて布施さんが言った。
「狼男ですよねぇ~。満月に変身して・・・」
「わかりますよ。女性じゃなくたって、満月には何かが起こるんだ。」・・・ママの眼を見ながら言い切った。
「そっ、そうよ。満月には血が騒ぐのよ!」・・・小百合ママのシュプレヒコールに、突然、後ろから拍手が聞こえた。
「ママの血が騒ぐって、チョットやばいんじゃない?」
振り返ると、入り口の扉の前に玉木 宏(たまき ひろし)似のイケメンが、手を叩いていた。
「いらっしゃあ~い。」嬉しそうに手招きする小百合ママの肘から二の腕が、布施さんの顔の前で、白く透き通った羽衣の様にゆれている。・・・いい匂いがした。
「お久しぶりねぇ~」
イゴッティ・ニナスと呼ばれている男だった。
長髄(ながすね)先生と布施さんの間に座ったニナスに、ママがお絞りを渡す。
「ミャンマーに行ってたんだ。」そっけなくニナスが応える。
「ミャンマーって、あのビルマかい?」長髄(ながすね)先生が横槍をいれる。
常連のニナスは、仕事で南アジアのミャンマーにしばらく行ってたらしい。アウンサン・スーチーさんや、あの「ビルマの縦琴」で有名なミャンマーだ。
“何の仕事をしてるんだろう?”・・・布施さんは、強力なライバルが出現した状況を冷静に分析しようと必死だった。
「ところで、満月の狼男にママの血が騒ぐって話は、どうなってんの?」
「狼男に私が・・・」お通しを盛り付けながら、振り返ったママの顔が・・・
またまた布施さんが椅子から落ちそうになって*** 『月』-Moon-<その3> ***に続く
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